欧州

「誰も取り残さない移行を本気で設計し、データと対話で合意形成を積み重ねていきたい」- Karen Vancluysen (POLIS SG)

誰も取り残さない移行を本気で設計し、データと対話で合意形成を積み重ねていきたい

自己紹介、これまでの歩みと交通分野・ジェンダーへの関心

私は、持続可能なモビリティとイノベーションに関する都市・地域ネットワーク「POLIS」で2014年から事務長を務めています。それ以前はPOLISの研究ディレクターとして研究・イノベーション活動やプロジェクトを担当し、さらにその前はユーロシティーズで勤務し、都市の交通に関する業務に携わっていました。

交通分野での最初の仕事は、ベルギー・ルーヴェンの非営利モビリティ管理センター(当時は「Langzaam Verkeer」、現在は「Mobile21」)です。自治体を支援し、モビリティ計画の策定、教育・啓発、コミュニケーションキャンペーン、学校向けのモビリティ活動支援などに携わりました。1998年から欧州のプロジェクトにも関わったため、交通の欧州レベルの研究テーマに深く入っていきました。

当時を振り返ると、最初の欧州プロジェクトでは30~40人のパートナーの中で女性は私を含めて2人だけでした。交通分野が強い男性中心の世界であることは事実として目に入っていましたが、当時はジェンダーが議題に上がること自体がほとんどありませんでした。ところが今は、問題自体はまだ解決されていないものの、意識が大きく変わったと実感しています。

交通分野で女性の参画が必要だという「労働力」の観点に加え、モビリティ計画にジェンダーを主流化し、女性のモビリティニーズが考慮されなければ交通システムは包括的になり得ない、という認識が広がりました。

その一方で、善意の議論ほど「女性=脆弱」という語り方に寄りがちな点には注意が必要だと思っています。女性の安全・安心は確かに重要ですし、移動のニーズが異なる局面もあります。ただ、女性を「子どもの世話や買い物を担う人」といった固定観念に押し込めて語るべきではありません。私たちは人口の半分以上を占め、それだけでニーズが計画に反映される十分な理由になります。女性を”弱さ”やステレオタイプ的な役割だけで定義するパラダイムから離れたい、というのが私の一貫した問題意識です。

現在取り組んでいるプロジェクト

POLISで私たちが特に力を入れている柱の一つが、「公正な移行(Just Transition)」です。2021年に公正な移行アジェンダを立ち上げたことを起点に、交通のパラダイムシフトを進めながら、誰一人取り残さないことをどう保証するかを議論してきました。これはジェンダーだけの話ではなく、交通システムをより包括的にし、移行が公正で公平なものになることを確保する取り組みです。ジェンダーはその中核的な要素の一つです。

この考えを紙上の計画に終わらせず、私たちは「公正な移行タスクフォース(Just Transition Task Force)」を常設で設置し、ウェビナーシリーズなどを通じて実践と学びを積み上げています。

現在の重点テーマのひとつは交通貧困で、女性は移動ニーズが十分に満たされないことにより、男性よりも不均衡に影響を受けやすい現実があります。私たちは交差性(インターセクショナリティ)を重視し、人種・文化・能力差・年齢など複数の要素が性別と結びついて生じる課題として捉えています。

プロジェクト内での役割

タスクフォース自体は、加盟する都市・地域(準会員も含む)が参加し、私の同僚2名がコーディネーターとして運営を担っています。我々が持つ他のすべてのテーマ別作業グループ(アクティブトラベル、スマートモビリティ、都市貨物輸送、クリーン車両、ガバナンス、安全とセキュリティ等)に確実に注入されるよう取り組んでいます。

具体的には、タスクフォースと各作業部会の合同会議を設け、私が述べたテーマ領域をジェンダー問題やインクルージョンの視点を通じて検討する共同活動を企画します。議題に常に載せ続けるのは簡単ではありませんが、共同活動によってシナジーを真に探求する場を設けることで、常に意識を保つことを確実にしています。

また、年2回発行の当機関の雑誌『Cities in Motion』誌でも、特に重視するテーマとして「誰のための都市か」と題した特集号を発行し、取り組みへの関心を維持する方法として採用しています。

さらに官民対話の場を設けることも重視しています。研究機関や企業が開発するツールや手法を、都市・地域が実装できる形につなぐことが重要で、新しいモビリティサービスの分野などでは特に官民連携が欠かせません。

プロジェクトの結果と評価

成果として分かりやすいのは、会議でのジェンダーセッションの変化です。2016年頃に初めてジェンダーセッションを企画した際は、聴衆は女性3、4名ほどでした。それでも重要だと信じて続け、最初の数年間は全セッションのモデレーターを女性にする取組も行い、会議としての姿勢を示しました。現在ではジェンダーセッションは最も参加者が多いセッションのひとつになり、イベントにおけるスピーカーのバランスを確保することが以前より容易になっています。男性だけのパネルが問題視されなかった時代から、今は女性の適切な代表を確保することが当たり前になりつつあります。

加えて、先進都市の実践が他地域に波及していることも大きな手応えです。ウィーン、リスボン、カタルーニャ、イル・ド・フランスなどの先導的なメンバーの優良事例を活用し、その実践を他の都市に広めることで、彼らにインスピレーションを与えます。私たちはウェビナーの成果を報告書として残し、常に遺産として積み上がる形も重視しています。

ツール面では、世界銀行の「すべての人のための持続可能な移動(Sustainable Mobility for All)」イニシアチブと協力し、FIA財団の支援を受けて、労働力(交通分野での女性参画等)に焦点を当てたツールキットも作成しました。都市・地域だけでなく企業にも実践可能な事例を集め、ジェンダー主流化を前に進める起点として活用しています。

実際、企業との対話の中で、利用パターンやユーザー層の不均衡(新しいモビリティサービスで若年男性が圧倒的に多い等)をデータで可視化する必要性が共有され、企業側にもジェンダー主流化への気づきが生まれています。

さらに、私が繰り返し強調しているのは性別別データの重要性です。移動ニーズの差異や、考慮されていない実態を示すデータがなければ、盲点を克服できません。良い計画の土台はデータです。

今後の展望

今後は、交通貧困を含む公正な移行の議論を深めながら、各テーマ領域でジェンダーと包摂の視点が「特別な話題」ではなく、標準のレンズとして機能する状態を目指します。その際、重要なツールの一つがSUMP(持続可能な都市交通プラン)です。SUMPのガイドラインでは、多様なグループの意見を聞いて計画を策定することが手続きとして位置づけられており、これに則れば女性を含む多様な当事者の声が反映されるはずです。市民参加・共創の仕組みが整えば、ジェンダー課題は必ず表面化し、より良い改善につながります。

日本へのメッセージ

まず、このテーマの意識向上に向けた取り組みやウェブサイトを立ち上げたことを称賛したいです。その上で、中央政府が地方自治体の能力強化をどう支援するか、自治体間の経験交換をどう促進するかが鍵になります。市民に最も近い自治体こそ、政策が現場に与える影響を直接見ています。データから始め、国内外の実践から学び、成功した取組を拡大・複製できる仕組みを作ってほしいと思います。欧州と日本の都市同士が交流できれば、ジェンダーに限らず都市モビリティの幅広い分野で相互に学び合えるはずです。

最後に、世界でDEIをめぐる反発が見られる中でも、少なくとも欧州の都市では多様性・公平性・包摂性への注目は増しています。もちろん、欧州にも分極化やポピュリズムが台頭していることは認識しています。我々が無縁というわけではなく、「対話に参加できていない」「見過ごされている」と感じた時に反発が生まれることを、交通貧困の文脈でも私たちは学んできました。だからこそ、誰も取り残さない移行を本気で設計し、データと対話で合意形成を積み重ねていきたいと思います。

※ 各インタビューは所属組織のものではなく個人の見解です。また、所属・タイトル等はインタビュー当時のものです(2026年3月更新)

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