国際交通フォーラムで気づいた「交通とジェンダー」
2023年からOECDの国際交通フォーラム(ITF)に勤務しています。交通分野にジェンダーという視点があることを知ったのは、赴任前にITFのレポートを読んだときでした。その瞬間、私自身が抱えてきた小さな違和感がひとつにつながり、「これだ!」と思ったことを今でも覚えています。
東京で共働きで子育てをしていた頃、家事や育児は夫とほぼ半分ずつ分担するようにしていましたが、それでも夫と私では日常の移動の仕方が微妙に違い、男性の同僚に話してもあまり理解されないと感じることがありました。ITFレポートを読む中で、その背景が初めて言語化されたように思いました。
生活の中で感じてきた「小さな違和感」
振り返ると、子どもの頃から「性別によって生じる違い」に気づく場面が多くありました。
- 駅のトイレにトイレットペーパーが常備されておらず、「どうして女性は自分で準備する前提なのだろう?」と疑問に思ったこと
- 海外ひとり旅で、安全のために移動時間やルートを慎重に選ばざるを得なかったこと
- 子育て中、ベビーカーでバスや路面電車に乗りにくかったり、歩道橋が渡りにくかったりしたこと
- 公園に子どもたちと一緒に座れる幅広のベンチがなく、子どもと近くに座れないこと
- おむつ替えシートが女性トイレにしかなく、自分だけが長い列に並び、おむつ替えもする一方、夫はすぐに済ませられて暇を持て余していること
一方で、自分自身が無意識のうちに性別役割を前提にしていたことにも気づきました。たとえば、家族で出かけるときに普通車を運転するのは父、軽自動車で習い事の送り迎えや通院を担うのは母──そんな構図を疑問に思わずに受け止めていたことです。
研究所時代に見えた「職場のジェンダー課題」
2019年には、建設業における女性活躍や働き方改革に関する調査に携わりました。多くの企業や団体に取材する中で、現場での女性トイレや更衣室の整備、道具や材料容器の軽量化、女性用サイズの安全靴、さらには建設業は男の仕事というイメージを変えるため女子小・中学生向け現場見学会の実施など、多様な工夫を知りました。
また、育児期の女性だけでなく、男女問わず介護などのケアを担う誰もが働きやすい環境づくりが必要だという議論が高まり、取組を進めている企業にも出会いました。
こうした経験を経て、現在ITFで向き合っている交通分野の課題も、根底には同じ構造があると感じています。国や地域によって事情は異なりますが、海外の取組から得られる示唆は多く、日々刺激を受けています。
交通とジェンダーの3つの視点
2024年7月、国土交通省が主催した「ジェンダーと交通」セミナーで、交通とジェンダーの関係を以下の3つの観点から説明しました。
1. 移動パターンの違い
女性は家事・育児・ケアなどを担うことが多く、複数の目的地を巡る複雑な移動をしやすいこと。
2. 安全・安心の課題
乗り物や路上でのセクシャルハラスメント被害のリスク、身体サイズの違いによる乗りづらさや利用しづらさなど、女性が抱える不安や不便が多いこと。
3. 交通部門で働く女性の少なさ
男性の仕事だという固定観念、女性ロールモデルの不足、女性用の設備・装備の課題などを背景に、女性のニーズが政策や計画に反映されにくい構造があること。
最近では、これに加えて、以下の点についても重要だと考えています。
4. 災害時に女性が直面する追加の課題
日常から直面する課題に加えて、避難所運営の男性偏重による女性ニーズの見落とし、ケア需要の増加による負担増、移動手段の制約など、災害時特有の問題もあること。
交通は「活動のための派生需要」なので、都市や国土計画といった「活動の場」(本源需要)への視点も不可欠です。交通だけを変えても限界があり、まちづくり全体でのアプローチが求められます。
現在は、国土交通省の職員の皆さんにジェンダー課題を「自分ごと」として理解していただけるよう、研修内容や伝え方の工夫にも取り組んでいます。
小さな違和感に気づくことから始まる
「ダイバーシティの時代に、なぜ今さら女性に着目するのか」と疑問に思う方もいるかもしれません。私自身、高校生の頃は、「今さら男だとか女だとか言わないでほしい、性別を書かせないでほしい」と考えていました。
しかし、男性と女性の身体的な違いは今も変わっていませんし、性別役割分担など、男性(男の子)なのか女性(女の子)なのかが人々や社会に影響を与えている点も今も変わっていません。だからこそ、性別によって行動やニーズ、政策の影響がどう異なるのかを理解し、不利な状況を固定化しない仕組みを考えることが必要です。そして、人口の半分を占める女性に着目することは、男性を含むダイバーシティ全体を見つめ直すきっかけにもなります。
また、インフラやサービスの設計・運営には、これまで女性が十分に関われてこなかったため、多くの仕組みが女性のニーズを想定していません。しかし、こうした不平等は日常に深く埋め込まれているため、気づかれにくいという特徴があります。
女性やケアを担う人が「なんとなく不便だ」と感じる場面は、誰もが経験しているはずです。例えば私は、満員電車で他人の長い髪が顔に触れて不快な思いをしたことがありましたが、背の高い男性の友人にはまったく伝わりませんでした。男女の身長差とともに、「自分には起きない不便」には気づきにくいのだと、そのとき理解しました。
だからこそ、身のまわりの小さな違和感や誰かの体験に、意識を向けてみることが大切です。それを言葉にして誰かと共有するだけでも、まちや社会が少しずつ変わるきっかけになります。ぜひ、誰かと話してみてください。