日本

「ジェンダーの視点を取り入れることは、誰かを特別扱いするためではなく、すべての人の安全と尊厳を守るための基本です。」- 松沢 朝子(防衛省)

ジェンダーの視点を取り入れることは、すべての人の安全と尊厳を守るための基本

自己紹介、これまでの歩みとジェンダーへの関心

20年以上にわたり、人権・人道支援および国際平和協力の分野に携わり、国連や国際赤十字などの国際機関のほか、外務省在ジュネーブ国際機関日本政府代表部や内閣府PKO事務局などで勤務してきました。国際機関では、南スーダン、エチオピア、フィリピン・ミンダナオ島などの紛争地での人道支援や、タジキスタンなど中央アジアにおける人身取引・強制労働対策プロジェクトを担当しました。また、国連PKO専門家教官として、国連平和維持活動に派遣される各国の軍人に対し、紛争下で性的暴力を受けた女性への対応や児童保護に関する派遣前教育も行ってきました。 こうした現場経験を通じて、次のことを強く実感してきました。・紛争は女性に不均衡な影響を与えること・女性のエンパワーメントが復興や平和構築の重要な力になること 例えばコンゴ民主共和国では、紛争下で性的暴力の被害に遭い、家族から離縁され社会的に孤立した女性たちに出会いました。教育の機会が乏しく、若くして結婚し夫に頼らざるを得なかった彼女たちは、被害者であるにもかかわらず社会的に取り残されていました。またタジキスタンでは、独立後に勃発した内戦の影響で多くの男性が国外に出稼ぎに出て、残された女性が家計を支える世帯主となり、深刻な貧困に直面していました。 マイクロファイナンスや職業訓練などを通じて、女性たちが自信を取り戻し、生活や人生を再建していく姿を目の当たりにした経験から、ジェンダーや「女性・平和・安全保障(Women, Peace and Security:WPS)」を人道支援や平和構築の基盤として捉えるようになり、強い関心を持つようになりました。

これまでに取り組んできたプロジェクト

2019年から防衛省での勤務を始めましたが、当時は省内に「女性・平和・安全保障(WPS)」を専門に扱う部署はなく、“WPS”という言葉自体もほとんど知られていない状況でした。 状況が少しずつ動き始めたのは、2020年に日本が拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)PKO作業部会の共同議長国に就任した頃からです。活動の主目的の一つとしてWPSを掲げたことで、防衛省・自衛隊の関係者の間にも徐々に関心と理解が広がっていきました。共同議長として3年間活動する中で、作業部会のテーマ設定やプログラム設計には、これまでの国連での経験やネットワークを最大限に活かしました。紛争地の最前線で活動してきた専門家をスピーカーとして招き、現場で起きていることや女性が果たしうる役割について、具体的な事例とともに共有してもらいました。日本を含む18か国の参加者が、紛争下で女性が置かれる状況や、平和維持活動における女性の保護と参加の重要性を理解する機会を提供できたことは、大きな手応えと達成感につながりました。 防衛省が組織一体でWPSの推進に本格的に取り組み始めたのは、2023年です。同年8月には、防衛大臣政務官を本部長とし、防衛事務次官、統合幕僚長、陸・海・空各幕僚長らで構成される「防衛省WPS推進本部」が設置されました。2024年4月には、全省庁で初となる「防衛省WPS推進計画」が策定されました。この推進計画では体制整備が明確に位置づけられ、防衛省・自衛隊にジェンダー・アドバイザーが新設されました。また、2025年4月にはWPS国際連携室も発足し、関係国とのネットワークを広げながら国際的な連携・協力の基盤づくりも進めてきました。こうした取り組みを通じて、防衛省・自衛隊におけるWPSの理解と実践は着実に前進していると感じています。

プロジェクトの結果と評価

防衛省におけるWPSの取組は、本格化してから約2年半という短期間で、推進本部の設置や推進計画の策定、自衛隊の各種活動へのジェンダー視点の反映、関係国との協力の拡大など、目覚ましい進展を遂げました。個人的には、現在、防衛省は日本の省庁の中でも最も積極的にWPSを推進している組織の一つになったと感じています。また、インド太平洋地域諸国を中心に、日本の急速な前進に対する関心も高まり、私たちの知見や経験の共有を求める声も増えてきました。 短期間でここまで前進できた最大の理由は、組織のトップが、防衛力の抜本的強化を進める上でWPSの重要性を明確に認識し、組織全体で取り組むための強いリーダーシップを発揮したことにあると思います。私自身、その姿勢に励まされ、WPSを「一過性のテーマ」ではなく、防衛省・自衛隊の将来に不可欠な基盤として根付かせたいという思いを強く持つようになりました。 一方で、防衛省・自衛隊は人事異動のサイクルが短く、25万人規模の組織全体に意識を浸透させるには、まだ道半ばです。だからこそ教育と実践を着実に積み重ね、継続していくことが重要だと感じています。WPSは追加的な業務ではなく、任務の質と成果を高めるための重要な視点であり、組織の中で着実に定着させていく必要があります。

防災・インフラとジェンダーの視点

災害が発生すると、人々の生活は一瞬で大きく変わります。被災者が希望を持ち、安心して避難生活を送るためには、性別や年齢、置かれた環境等に応じた支援が欠かせません。 WPS推進計画が策定される以前から、自衛隊は国内の災害派遣活動において女性自衛官を派遣し、女性や子どもを含む被災者へのアプローチやニーズの聞き取りを行うなど、WPSの理念に沿った活動を実践してきました。 2024年に発生した能登半島地震では、発災初期から約8か月間にわたり延べ約114万人の隊員が活動しました。妊婦を含む緊急患者の空輸、女性自衛官を含むチーム編成による生活支援、女性・女児への機微なニーズの聞き取り、物資輸送など、被災者の状況に配慮した支援が行われました。女性被災者からは「生理用品や下着のことは男性には言いづらかったので、女性自衛官がいて助かった」といった声も寄せられ、女性自衛官が果たす役割の重要性が改めて示されました。 現在の業務とは直接関係しませんが、これまで国際機関で紛争地の避難民支援に携わってきた経験から、避難所の設計や運営においてジェンダーの視点を取り入れることの重要性を強く感じてきました。例えば、プライバシーの確保やトイレ・洗面所など水回りの動線設計は、被災者の心身の健康と安全に直結し、とりわけ女性や子どもに大きな影響を与えます。また、避難所の運営や意思決定の初期段階から女性が参画することで、多様な視点が反映され、現場の課題をより的確に把握し改善につなげることができると考えます。 災害時には、シングルマザー、子ども、高齢者、経済的に困難な状況にある人など、さまざまな立場の人々が特に影響を受けやすくなります。こうした人々の声は表に出にくく、ニーズが見えにくくなりがちです。そのため、意図的に声を聞き取り、現場の状況を丁寧に把握していく仕組みが不可欠です。 災害時に顕在化する課題は、平時の社会構造を映し出したものでもあります。平時からジェンダー理解を深め、男女双方の視点を取り入れた防災計画を整備することが、緊急時の対応力を高める基盤になると考えています。

メッセージ

ジェンダーの視点を持つことは、特別な誰かのための活動ではありません。自分とは異なる立場にいる人の存在を認識し、その人の声に耳を傾けることで、私たちの社会をより安全で安心できるものにしていくプロセスだと思います。 日々の業務や生活の中では、自分の視野や活動範囲がどうしても限られがちです。それでも、自分の「当たり前」を一度立ち止まって見直し、自分とは異なる背景や状況にある人に目を向けることを忘れない。その一人ひとりの意識が、安全保障の土台になっているのではないかと感じています。 ジェンダーの理解には時間がかかります。「ジェンダー」という言葉に対する誤解や思い込みも少なからずあると感じます。重要なのは、丁寧に時間をかけて、諦めずに少しずつ進めていくことだと思います。その過程で仲間を増やし、励まし合い、学び合いながら前に進んでいくことが組織としての力になります。また、理解してほしい相手の考え方や置かれた環境にも配慮しながら、根気強くアプローチしていく姿勢も大切です。 国際機関で紛争地の避難民支援に携わっていたとき、極限の状況の中でも人としての品性を失わず、周囲に敬意を払いながら日々を生き抜く人々の姿に、私は何度も励まされ、人生の大切な教訓を受け取ってきました。被災者や被害者は「弱い人」ではありません。むしろ、過酷な状況の中で懸命に生きる強さを持った人たちです。過度な同情や一方的な配慮が、必ずしも寄り添いの形として適切とは限らないということも、現場で学んだ大切な気づきです。必要なのは、その人の尊厳を尊重し、声を丁寧に受け止め、共に歩もうとする姿勢だと思います。 ジェンダーの視点を取り入れることは、誰かを特別扱いするためではなく、すべての人の安全と尊厳を守るための基本です。私たち一人ひとりの意識と行動の積み重ねが、より強く、より包摂的な安全保障を形づくっていくと信じています。

※ 各インタビューは所属組織のものではなく個人の見解です。また、所属・タイトル等はインタビュー当時のものです(2026年3月更新)

インタビュー一覧に戻る