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「交通・まちづくりは、誰もが毎日関わる分野です。国交省が取り組みを進め、自治体や業界に浸透させていけば、社会全体にも「やはり大事だ」という理解が広がる可能性があります。」- 田中由紀氏(前・国土交通省国際統括官)

交通・まちづくりは、誰もが毎日関わる分野

自己紹介、これまでの歩みと交通分野・ジェンダーへの関心

私は元・国土交通省の国際統括官です。率直に言うと、子どもの頃から「女の子だから」「女性だから」と言われて何かを制約された記憶がほとんどなく、ジェンダーについて強い問題意識を持ったのはごく最近でした。以前は、社会の中でやりたいことは努力次第でできるのではないかと考えていた面もあります。

転機になったのは、2019〜2020年に地方創生の業務で「女性の視点のまちづくり」を調べたことです。女性が地方から都市部に出て戻らないという課題の背景を考える中で、ウィーン市が住民の移動パターンを分析し、男女で移動の実態が異なることに着目して歩道の拡幅や照明の充実につなげた事例、保育・介護施設と近接させたり、どの家の台所からも中庭で遊ぶ子どもたちが見えるような設計にしたりした集合住宅の工夫など、具体の政策として形になっていることを知り、驚きました。

また、ジェイン・ジェイコブスの議論(都市が発展する条件として、多様な人が異なる時間帯・目的で利用すること等)に触れ、単一の視点ではなく、政策の中に異なる視点を入れること自体が重要なのだと実感しました。この頃に「ジェンダー主流化」という考え方も知り、「自分が不自由していないから不要」という話ではないのだと思うようになりました。

次のきっかけは東北運輸局長時代です。山形県の自動車整備振興会の提案で、女性自動車整備士の方々と意見交換をしました。利用者が多様であるなら、サービス提供側も偏っていてよいはずがないこと、女性の顧客が女性整備士に安心感を抱き指名することが多いという話に触れ、交通・モビリティ分野で女性が少ない現状は、社会にとっての損失だと強く感じました。

さらに国際統括官として国際会議に関わる中で、交通に限らずあらゆる分野でジェンダーが当然のように議論されていることに衝撃を受けました。データで見る移動実態の違い、災害や気候変動が女性に与える影響などを学ぶほど、日本からの発信や国内実装が十分ではないのではないかという危機感が強まりました。書籍『存在しない女たち』に出会い、データで可視化されるバイアスの大きさにも目を開かされました。

これまで取り組んでいるプロジェクト

国交省内外でのジェンダー主流化の推進:2023年秋頃から省内で問題提起を始め、2024年にかけて関係者を巻き込みながら具体の動きを加速させました。特にITF(国際交通フォーラム)と連携し、2024年7月にITFと共催でシンポジウムを実施し、ジェンダー主流化を「知ってもらう」ためのキックオフの場をつくりました。

国際女性デーでの発信:2025年3月、ITFのウェビナーにおいて、日本の事例を自ら海外に発信し、国際的な知見を国内に取り込むとともに、海外へも発信しました。

企業との関与:官だけでなく企業とも関わり、企業側にジェンダー・メインストリーミングの気づきを持ってもらうことも重視しています。

プロジェクト内での役割

当時国際統括官としての私の役割は、国際的な議論と国内政策の橋渡しでした。国際会議で得た知見を、国内の政策や実務に落とし込める形で伝え、関係者が動ける状態をつくることを意識してきました。

推進の過程では、国土交通省幹部層と話す機会を得て「大事だと思うならどんどんやりなさい」と背中を押していただきました。私自身、ここまで省内でスピード感を持って進むとは当初想定しておらず、幹部の皆さんもいろいろなお立場でそれぞれご理解頂けたことに驚き、同時にありがたさも感じました。

一方で難しさもあります。「ジェンダー主流化とは何か」「なぜ必要か」を、大人から子どもまで納得できるようにわかりやすく説明する方法は、まだ確立途上です。民間企業や産業界では「ジェンダーより多様性」という受け止め方が強かったり(実際は二者択一ではなく、「ジェンダーも多様性も」だと思います)、言葉が誤解を招いたりすることもあります。伝え方の設計は、今後の大きな課題だと考えています。

プロジェクトの結果と評価

2024年7月のITF共催シンポジウムは、短期間の準備にもかかわらず、省内外で「こういう観点があるのか」と知ってもらう起点になりました。何ができるかもまだ手探りで、「ジェンダー主流化とは何か」というところからのスタートでしたが、国交省として進める方針が定まり、民間企業の皆さんも巻き込んで一気に形にできたスピード感は印象的でした。私自身、「やってよかった、できてよかった」と感じています。

初期の理解促進においては、ITFの資料やプレゼンが基礎情報として非常に助けになりました。また、国際女性デーの機会などを通じて、国際的にこのテーマに取り組む実務家とつながれたことも大きな収穫です。熱量を持ってライフワークとして取り組む人が世界に多くいることを実感し、そのネットワークは私にとってもエンパワーメントになりました。国際的な議論を国内の政策や実務につなげるうえで、こうした接点を持ち続けること自体が重要な基盤になっていると考えています。

今後の展望

今後は、ジェンダーギャップの見える化、ジェンダー視点を入れると何がどう変わるのかを、体系立てて説明できるようにしたいと考えています。そのために4月から大学院で学び直します。ジェンダー主流化についてはライフワーク的になっているので、ご関心のある方がいれば、どこにでも行って、いろんな方にお会いしてお話をするということも続けていきたいと思っています。

交通・まちづくりは、誰もが毎日関わる分野です。国交省が取り組みを進め、自治体や業界に浸透させていけば、社会全体にも「やはり大事だ」という理解が広がる可能性があります。国の役割として、データとエビデンスに基づき、手続きとして多様な当事者の声が反映される仕組みを整えることが不可欠です。

また、交通・まちづくりの領域には、海外に面白い実践をしてきた人々が多くいます。ジェイン・ジェイコブスに限らず、住宅や都市の課題に向き合ってきた人たちの歩みを掘り下げ、日本ではまだ十分知られていない知見も含めて学び続けたいと思っています。例えば、ウィーンにおける女子を巻き込んだ公園設計の事例です。公共施設は公平に提供されているとバイアスを持つと、男女で利用状況に差があっても「女子は外遊びが好きではない」と誤解につながります。施設・サービスが女子のニーズに合わずに、利用状況に差があることが真実だとすれば、ニーズ把握の重要性に気づかされるのではないでしょうか。10代や20代の女子が参加するワークショップを通じて公園を設計すると、多様な人が集う公園に生まれ変わった事例が実際にいくつも出現しており、住民の意見を丁寧にくみ取ることで、幅広いひとたちと地域とのつながりも深まることが期待され、地方創生への効果も期待できると感じます。

さらに、交通・まちづくりの領域で「デザイン」部分に目を向けると、ジェンダー平等の取り組みは面白いし、わくわくするように思います。私はまちづくり全体に興味があり、個人的趣味として建築が好きで、ジェンダーの話も私にとっての発端はまちづくりでした。ジェンダーの視点を取り入れて、わくわくするデザインが広がっていく景色を多くの人と共有出来たらうれしいです。

※ 各インタビューは所属組織のものではなく個人の見解です。また、所属・タイトル等はインタビュー当時のものです(2026年3月更新)

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